誰が日本の当事者運動を分断してきたのか

2019.9.8更新

五木 真紀(教育労働者)

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今回の仙台イベントで言われる「一般LGBT」。
LGBT全体の中で「一般でない」=「特殊LGBT」が存在していて、それが「一般LGBT」の「思い」を反映していないんじゃないか、という主張かと思います。

私事ですが、教育関係の仕事をしている者として、まず思い出したのは、日教組と民衆の関係です。

かつて日教組は、勤評闘争(1957年からの闘い。教員への勤務評定に対し、権力者による教育への介入であるとして取り組まれた)や、学テ闘争(1960年代前半。全国いっせいの学力テストは勤務評定や学校間闘争につながるとして取り組まれ、実際に中止をかちとった)において、実際に民衆は日教組を支持していました。
しかしこの流れはいつの間にかなくなってしまいました。少なくない民衆が「日教組は教育の邪魔者」とすら考えるようになってしまいました。

もちろんこれは、日教組が存在することじたいを嫌悪する、政府や財界の策動です。
ただ、それだけではない。
そんな政府や財界のお先棒を担いだのが、「日教組は過激」「日教組は分断を持ち込む」とし、「過激な主張や分断を排除する」と称した一部の人々でした。
その結果、分断されたのは日教組と民衆の間です。

しかしこのような歴史は、いまや、語られることすら少なくなってしまいました。
そしてさらに、この歴史を「なかったことにしたい」、そんな欲望すら、政府や財界や、一部の人々から感じることがあります。

「一部の人々」と、政府や財界の狙いに反対する当事者の間には、たしかに、大きな大きな差異があります。「対極」といってもよい面もあるでしょう。
しかし、「一部の人々」が「過激」「当事者に分断を持ち込む」などと言い始めたら、それは実は、「多くの人々」と「反対する当事者」の間を分断することこそが目的なのではないか。

歴史に学ばなければなりません。


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